奏楽堂というファンタジー ライブ・イマジンに寄せて
2026 OCT 8 0:00:15 am by 西 牟呂雄
「旧東京音楽学校奏楽堂」とは厳めしい名前ですが、芸大の前身の音楽学校の講堂兼音楽ホールのことで、日本最古の西洋式演奏会場。明治23年の建造の重要文化財です。
一度行ってみたかったところ、ブログ仲間の西村さんがライブ・イマジンのステージをやるということでいそいそと出かけて来ました。
久しぶりの上野の山はなぜかサルサの野外ステージがあって周りはラテン+アフリカの出店.国籍不明のホットドックをほおばりながら辿り着きます。
今回のテーマは『中秋に寄す』。すると始まりは僕が熱心に聞くこともないリムスキー・コルサコフの弦楽四重奏。柔らかい旋律が、あの夕日の中をハラハラ落ちてくる落葉を思わせてくれました。まあ、作曲者が秋を想定して書いた曲でもないのでしょうが、この会場に来た時の明るい陽射しにマッチしてます。
お次はまたロシアの有機化学者ボロディン。こちらは一言で言えば繊細。僕は火が沈んだ後の眠る前の子供や、静まった夜更けの官能的な時間までを楽章ごとに想像して楽しみました。
思うにロシアの作曲家は、もちろんヨーロッパの流れに属しているのでしょうが、その自然条件からいって急激な季節の変化に鍛えられるのではないでしょうかね。白夜のような日の長い暮らしが、秋分の日を境にいきなり暗い朝と早すぎる夕暮れに変わり、10月には白い世界になってしまうのですから。この時期をエカテリンブルグで経験しましたが、ハハァこの国の人々はこの感覚で過ごすのか、と妙に納得感がありました。もっともオッサン達は例外なく気のいい大酒飲みでしたけどね。
さて休息を挟んで今度はボッケリーニですか。ここはフルートが主役になります。イタリア人の作曲家がスペインに行って明るい日差しの中で書いた曲です。
そしてモーツァルトのピアノ・コンチェルトをフルートをフィーチャーしての構成でした。
打ち上げで西村さんに聞いてみましたが、ピアノ・コンチェルトを弦楽アンサンブルにアレンジするのに、主旋律をヴァイオリンからフルートに変えて演奏するような禁じ手はアリと言えばアリだそうです。この曲の主旋律がフルートのバージョンが聞いてみたい。
そして最古の木造コンサート・ホールは、音響の面ではやはり演奏者への音の返りが少なく、昨今のスペックの会場に比べれば演りづらいとか、いや、ワタシには十分ですが。
せっかくなので滝廉太郎の真面目そうな銅像やレトロな消火装置を写真に収めました。暮れなずむ上野の山を、西郷さんの銅像を横目で見ながら下っていると、待てよ。
ここは我等が江戸っ子の誇り、彰義隊が最後の組織的抵抗をして壊滅させられたところでした。
焼き払った後にお江戸を制圧したことを明らかにするために西洋建築を建て、賊軍になったとはいえ官軍大参謀の銅像を据え付ける・・・。
そして上野戦争時の寛永寺輪王寺宮法親王こそ、伏見宮邦家親王の第12王子として生まれた後の北白川宮能久(よしひさ)親王でした。あのテレビに出てくるメガネ・スーパーのセールスマンみたいな竹田さんはこの家の出ですね。この家系には今話題となっている皇室典範改正において皇族の養子縁組の資格者がいるとされています。
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Categories:古典







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西村 淳
10/8/2026 | Permalink
滝廉太郎の銅像があった!?気が付きませんでした!!でもここが滝のホームだったし、そこの舞台でピアノを弾いている姿が脳裏に。日本の西洋音楽受容の原点ですね。
打上は彰義隊を圧倒した長州出身の方と呉越同舟。和解の盃でめでたしめでたし。